上野・国立科学博物館「インカ・マヤ・アステカ展」
今日の夏日の中、上野・国立科学博物館
「インカ・マヤ・アステカ展」へ行って来ました。
南米の古代文明とエジプトの古代文明には、
中学生の頃から興味を持ち、上野で展示
される度に、観にいきました。
写真は、「『JR上野駅・公園口』ここから、動物園、博物館、美術館
周りが始まります(笑」
エジプト古代文明は、5,000年前にこんな文明が
あったかと驚いた事、南米は、同じモンゴロイドの
古代文明なので、興味を持ちました。
どちらも素晴らしいミイラ製造技術を持っています。
写真は、「国立科学博物館・正面」
写真は、「国立科学博物館・入口」
国立科学博物館(略称は「かはく」)は、独立行政法人
国立科学博物館が運営する博物館施設です。
本館所在地は東京都台東区上野公園。園内にあります。
1877年1月創立。
写真は、「国立科学博物館・シロナガスクジラ・オブジェ」・・・①
写真は、「国立科学博物館・シロナガスクジラ・オブジェ」・・・②
中央・南アメリカでは、110を超える世界遺産が登録されており、
インカ、マヤ、アステカ文明に関してはグアテマラ、メキシコ、
ペルーなどの国々に十数件の世界遺産が存在します。
中でもインカ帝国の古代空中都市マチュピチュは、
日本で一番人気がある世界遺産です。
マヤ文明は中米のユカタン半島を中心に2000年
にもわたって栄え続けた文明です。
マヤの人々は高度な建築技術や暦、複雑で独特の
絵文字を持つ一方、鉄器などの金属器や車輪、
牛や馬などの家畜を持っていませんでした。
写真は、、「インカ、マヤ、アステカ文明展のパンフ表」
アステカ文明は、14世紀から16世紀に現在のメキシコ中央部
に栄え、首都のテノチティトラン(現在のメキシコシティー)は
当時の世界有数の規模を誇る都市でした。
人々は独自の絵文字を持ち、精密な天体観測を基につ
くられた暦を使用していました。
一方、太陽神をはじめとする様々な神々を信仰し、生きた
人間の心臓を神に捧げる生贄(いけにえ)の儀式が
さかんに行われていました。
写真は、、「インカ、マヤ、アステカ文明展のパンフ表裏」・・・②
インカ文明は、現在のペルーを中心に興った巨大な帝国で、
80の民族をわずか50年で統一しました。
首都クスコを起点に、海抜0メートルの灼熱の砂漠か
ら6000メートルの極寒のアンデス山脈まで、「インカ道」
と呼ばれる通行路が国中に張り巡らされていた。
だがインカの人は文字を持たなかったため、
今日に残っている記録は少ない。
写真は、、「次回の特別展・ダーウィン展のパンフ表」
来年の3月18日~6月22日まで「ダーウィン展」が開催
されます。
「インカ・マヤ・アステカ展」へ行って来ました。
南米の古代文明とエジプトの古代文明には、
中学生の頃から興味を持ち、上野で展示
される度に、観にいきました。
写真は、「『JR上野駅・公園口』ここから、動物園、博物館、美術館
周りが始まります(笑」
エジプト古代文明は、5,000年前にこんな文明が
あったかと驚いた事、南米は、同じモンゴロイドの
古代文明なので、興味を持ちました。
どちらも素晴らしいミイラ製造技術を持っています。
写真は、「国立科学博物館・正面」
写真は、「国立科学博物館・入口」
国立科学博物館(略称は「かはく」)は、独立行政法人
国立科学博物館が運営する博物館施設です。
本館所在地は東京都台東区上野公園。園内にあります。
1877年1月創立。
写真は、「国立科学博物館・シロナガスクジラ・オブジェ」・・・①
写真は、「国立科学博物館・シロナガスクジラ・オブジェ」・・・②
中央・南アメリカでは、110を超える世界遺産が登録されており、
インカ、マヤ、アステカ文明に関してはグアテマラ、メキシコ、
ペルーなどの国々に十数件の世界遺産が存在します。
中でもインカ帝国の古代空中都市マチュピチュは、
日本で一番人気がある世界遺産です。
マヤ文明は中米のユカタン半島を中心に2000年
にもわたって栄え続けた文明です。
マヤの人々は高度な建築技術や暦、複雑で独特の
絵文字を持つ一方、鉄器などの金属器や車輪、
牛や馬などの家畜を持っていませんでした。
写真は、、「インカ、マヤ、アステカ文明展のパンフ表」
アステカ文明は、14世紀から16世紀に現在のメキシコ中央部
に栄え、首都のテノチティトラン(現在のメキシコシティー)は
当時の世界有数の規模を誇る都市でした。
人々は独自の絵文字を持ち、精密な天体観測を基につ
くられた暦を使用していました。
一方、太陽神をはじめとする様々な神々を信仰し、生きた
人間の心臓を神に捧げる生贄(いけにえ)の儀式が
さかんに行われていました。
写真は、、「インカ、マヤ、アステカ文明展のパンフ表裏」・・・②
インカ文明は、現在のペルーを中心に興った巨大な帝国で、
80の民族をわずか50年で統一しました。
首都クスコを起点に、海抜0メートルの灼熱の砂漠か
ら6000メートルの極寒のアンデス山脈まで、「インカ道」
と呼ばれる通行路が国中に張り巡らされていた。
だがインカの人は文字を持たなかったため、
今日に残っている記録は少ない。
写真は、、「次回の特別展・ダーウィン展のパンフ表」
来年の3月18日~6月22日まで「ダーウィン展」が開催
されます。



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